top of page
アジサイ
  • 大巖寺住職 長谷川匡俊

新 春 法 話 



(一)

 令和六年元旦、新年の幕開けです。明けましておめでとうございます。お寒い中をこうして御参詣いただき誠にありがとうございます。


 只今は、現下におけるウイルス、災害、戦争の脅威、そして地球環境が危機にさらされる混沌とした時代と世相のなか、平和と安寧を求めて止まない私たち一人ひとりの心願成就を祈念し、年頭大護摩を厳修いたしました。

 

 さて、今年の干支は辰年です。辰は龍とも言い、中国の神話や伝説上の動物です。寺院には、山号と院号と寺号の三つがあります。たとえば、「成田山明王院新勝寺」といったようにです。当大巌寺の山号は「龍澤山」と称します。その昔、この辺りを「龍が澤」と呼んでいましたが、それはそこに沼が有り、龍が潜んでいたという伝承があったからです。


 「龍」の話題で思い出されることがあります。東日本大震災のあった二〇一一年の秋のこと。インドの北東部に位置するブータン王国の若き国王夫妻が、大震災のお見舞いを兼ねて来日され、多くの日本国民の歓迎を受けました。


 被災地の小学校を訪れた時のことだったと思います。国王が、子どもたちに向かって、「皆さんは龍を見たことがありますか」と問いかけられ、「私はあります。王妃もありますね」とおっしゃいました。子供たちは互いに顔を見合わせたました。そしてさらに、「龍は何を食べて大きくなるか知っていますか」と問いかけ、「龍は経験を食べて大きく成長してゆくんです。人間もまた、私たち一人一人の中に『人格』という名の龍が存在しているので、経験を糧にして、強く大きくなることができるんです」と話されました。そして「何より大切なことは、自分の中にある龍すなわち人格を鍛えて、きちんとコントロールすることです」とのメッセージを残していかれました。


 「経験を食べる」とは言い得て妙ですね。一つ一つの経験をしっかり咀嚼し、消化吸収して、自らの血と成し、肉と成してゆくように、経験は人格形成の糧となるものですね。成長過程にある子どもたちのみならず、いくつになってもこの姿勢は大切にしたいですね。


 令和六年の劈頭にあたり、御参詣の皆様方には、どうかお一人お一人ならではの味わい深い経験を糧に、龍が天空を飛翔するがごとく、実りある人生を切り開いて行かれるよう切に願ってやみません。同称十念




ライトアップされる山門





(二) 

 「人生は修行の旅」だと言います。年齢を重ねるに従ってその感を深くするばかりです。そこで、これからしばらく、このテーマによりながら、時々の私の思いを短い文章に託して綴ってみようと思います。


   ひとりは寂しい。されど、みほとけに願われし我ら、勇める歩みを


 コロナ禍のなかで、感染予防のためと言って、人との接触を避けることが求められるようになると、それが引き金となり、ことに子どもや高齢者の間で、孤独や孤立の問題が顕在化してきたといわれます。


 相田みつをさんの詩に、「ひとりになりたい、ひとりはさびしい」という実に味わい深い句があります。誰にでも「一人になりたい」と思う時はあるでしょう。孤独を楽しむひと時かもしれません。けれども、置き去りにされた孤立ほど辛く寂しいものはないでしょう。コロナ禍で改めて考えさせられた問いかけです。


 ところで、そもそも「人生」とは、ほかでもなく己自身の問題であり、その人の生き方に関わるものなのです。つまり、まずは「ひとり」が出発点ですが、そこにとどまらないところが重要です。他者と切り離された「ひとり」は束縛はないかもしれませんが、その分支え合いもなく、喜びを分かち合える相手もなく、実に寂しい限りではないでしょうか。

 だから、私たちは声を大にして、「ひとりじゃないんだ」と叫びたい。人はみな、他のいのちに生かされて生きています。父母やご先祖様からのいのちを受け継ぎ、衣食住、そして自然の事物を含め、幾多の人や社会のお蔭で今があるわけでしょう。人はどこまでも他のいのちと「共に生きる」存在なのです。


 もう一つ大切なことを加えておきましょう。人は、父母や祖父母、恩師・先輩など、大切な人から愛情のこもった「願い」(単なる期待とは異なる)を掛けられている存在だということです。それに気づけば、必ずや人生の困難に立ち向かう糧ともなるに違いありません。


 ここで、浄土宗にご縁のある皆さんに、ぜひ覚えておいてほしいことがあります。私たちは、みほとけ(阿弥陀如来)から願われている存在だということです。みほとけの側からみますと、この私が救われること(浄土往生)こそ、本願が成就したことになるわけです。どんな失敗や過ちがあろうとも、どんな境遇にあろうとも、必ず浄土に迎え取ろうとの阿弥陀さまの願い(本願)を信じて、念仏と共に勇める歩みの一年でありたいと願うばかりです。

 

 

 

Comments


bottom of page